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数日前、師走の街を歩いていたら、友人からメールが来た。
要約すると。
寿命ってもっと長くならないのですか。
無限 くらいに。と。
シリアスな内容だったので、歩きながら返事をするのも失礼と思い、近くにあった割と珈琲の美味しい喫茶店に入った。
本当は、少し歩くのにあきてたなんて内緒だけれど。
年末の午後の喫茶店は、8割がた、1人で来ている年配者だった。
窓から差し込む陽射しが、白髪頭(一部頭皮)に降り注いで、なんだか陽溜まりみたいだなと思った。
生きるとか、死ぬとか、寿命とか。
近年考えさせられる機会が増えた中で、漠然と思っていることがある。
年齢を重ねて、あらゆる反応が鈍って行く現象、平たく言えばボケる。ってことは、死に対する苦痛や恐怖から解放されるための天からの贈り物なんじゃないかと。
長く生きていればその分、楽しかったことと同じくらいの悲しい場面にも遭遇しなければならないかもしれず。
今まで人生を投げ出さずに生きてきたことへのご褒美なんじゃないかと思ってる。
なので、僕はボケたご老人を見ても腹がたったことはない。
もうひとつ思うのは、人は死ぬ時何を思うのか。
たとえば。年老いて死ぬときに、苦痛に満ちた瞬間や、とてつもなく悲しかったことなんか思いだしたら、それはそれで死んでも死にきれないと言うか、すごく嫌な気持ちのまま、人生を閉じるのはあんまりだと思う。
2年前、叔父が亡くなった時、もう長いこと入院していて、自分の妻や、まあ妻くらいは理解していただろうけれど、僕の母である、叔父にとってのたったひとりの妹や、甥である僕の弟や、あれほど可愛がっていた弟の子供ですら、認識できていたのか怪しいので、それなりの覚悟をして見舞いに行くように、母からは聞かされていたけれど、僕が見舞いに来たことだけは、何故かはっきりと認識していて、翌日、叔母に言ったそうだ。
「黄金がきたよ、かわいかった、今までどこに行っていたんだろう」と。
そう言えば、僕が病室に顔を出した時も言っていた。
「おまえ、今までどこに行ってたんだよ」と。
葬儀の席で、あらゆる、あまりお話もしたことがないような親戚から、子供のいない叔父が、どれほど僕を可愛がっていたかを聞かされ、それは現存する写真や、自身の記憶からも自覚はしているのだけれど。
もしかして、あの時、叔父が見ていたのは、今現在の僕ではなく、幼いままの僕だったのではないかと思ったら、いろんな思い出が津波みたいに押し寄せてきて、涙がとまらなくなったっけ。
更に前、父方の祖母が亡くなった時、亡くなる3日程前に突然電話がかかってきて。
「死ぬ前に、もう一度競馬場に行きたい」と、変な我儘を言われた。
とても暑い夏で、おこずかいをもらっても、杖をついた、よく喋る年寄りを連れて競馬場になんか行きたくなかったので、「お爺ちゃんはとっくにいないのだから、行っても馬主席には入れないんだよ」と、丁重にお断りした。
第一、そんな場所に連れ出して、暑さで体調でも崩された日には、顰蹙を買うのは僕だ。
珍しく、祖母が食いさがり、やっとの思いで「秋になったらね」と、電話を切った数日後に、死んでしまうなんて思えないほど、ぴんぴんしてたのに。
僕は、今でも競馬場に行くたびに、心の中で祖母にちょっとだけ詫びる。
本当は、祖母は、孫と競馬場に行きたかったのではなく、祖父との若い頃の思い出の中に身を置きたかっただけで、実は孫も馬もどうでもよかったんじゃないかと思ってる。
祖父の馬道楽と芸者遊びを孫にまでこぼしていたくせに.
100まで生きる勢いだったのに.
多分、本人にだけ、漠然と人生の終焉の予感があったのかもしれず。
そんな時に、祖父との思い出の地に行きたがったとは、よく考えたらかわいらしい。
若くして亡くなった、僕が会ったこともない祖父は、きっとダンディーな人だったのだろう。
祖母は死ぬまで、筑紫哲哉と真田広之のファンだった。
でもきっと、死ぬまで恋をしていた相手は、祖父だったのだろう。
叔父にとって、幼い僕を連れ歩くのが幸せだったのだろう、た、多分。
祖母にとって、若い頃の祖父の馬道楽に付き合う事は、文句の数だけ幸せだったのかもしれない。
人生の最後に当たり、人はそれぞれに、一番幸せだった景色の中に旅だっていくんじゃないだろうか。
エンドレスな人生はないけれど、終わらないしあわせな夢の中へ帰っていくのなら、悲しいけれど、人生お疲れ様でしたって、見送ってあげることはできる気がする。
午後の喫茶店で、人生終焉近い人たちの頭に降り注ぐ日差しを見ながら、そんな考えをかなりコンパクトにまとめて返信した。
